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今日も息をしています

神戸国際ギャング



この映画を初めて観たときは結構衝撃でした。

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1975年東映映画、田中登監督作。高倉と菅原が最後に共演した映画。

この時代になると俺の印象ではこの手の映画は実録物が隆盛を誇り高倉健が少し陰りが観えて(任侠モノの時代は過ぎた)菅原文太の方が粋と言うか時代になっていたように思う。


因みにこの映画で高倉は東映を去っている、映画の中で主役は京阪神の伝説のヤクザと言われたボンノ(漫画でもモデルになったのがあるかな?)という当時の東映のプロデューサーの盟友を高倉が演じており、濡れ場シーンを高倉は拒んだが使用されたためとも言われている。

高倉と菅原の違いは俺の中ではスマートさと無骨さにあると勝手に考える。

どちらもこの世代の俳優としては図抜けて身長が高くモデル上がりだがどちらも演技力とかより雰囲気で魅せていた俳優ですが口数、コミカルさは菅原の方があるように思う。

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戦後間もない阪神間や神戸はもちろんGHQに占領されていたわけだがこの映画では、ある意味その戦後の混乱社会の中で皆が生活苦の中、力だけでのしあがり三国人とかからも日本人を守るヤクザというよりギャング団を生き生きと演じている。

夏八木勲がずっと黒塗りのサングラスをかけていてスナイパーで粋に観えたりする。

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そういう義勇軍ともいえるギャング団も一枚岩ではなく高倉がボスであるが刑期を終えた後に菅原が裏切りを仕掛け、最期は金塊を巡っての内部抗争、GHQと三つ巴の壮絶な撃ちあいをしてラストとなる。ところどころに建物ごと(廃墟でしょうが)吹っ飛ばしているシーンがあったりしてペキンパーの影響下もあったりなんか考えてしまう映画である。神戸の汚い人をなじる言葉でダボゥって言葉があるのだがやたら連発するけど、イマドキの神戸でそういう汚い言葉は本職も言いません、高倉が言うのと菅原が言うのとでは菅原の方が断然似合っていたけどこの時代のこの手の映画においての勢いの差ともいえよう。

むかーしタイトルだけ観てダサーって感じた映画ですがなかなか娯楽作として面白いです。