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青春残酷物語

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1960年に新進気鋭の松竹ヌーベルバーグの旗手として熱い支持を受けていた大島渚のデビュー2作目である。

この映画を観てワタシは自分たちの一回り上の世代の、青春のアンファンテリブルというか理由なき行き場のない反抗ってのに怖気付いたものである。

いわゆる美人局をしていきやりきれない社会に反発をしている、大学生の青年を描いているのだが何とも暴力的で生々しくそれでいて耽美な部分があるのだ。

少しグレた女子高生のマコ(桑野みゆき)は面白半分に中年金持ち紳士の車に乗り連れ込みホテルに入りそうになる処を、たまたま通りがかった大学生・清(川津祐介)に助けられる。かつその中年のおっさんを脅して金をふんだくる。

コレに味をしめた彼は小金持ちの中年男を標的に、美人局で生計を立てて行くようになる。

無計画でアナーキーな若い男女の破滅的な行為はエスカレートしていき、やがて破滅へと向かう。

「俺たちは自分を道具や売り物にして生きて行くしかないんだ!」という清の諦念にも近い魂の叫びは当時の世相や社会への不安と相まって妙に共感を得られるのだから、不思議な感覚である。

1960年安保、ビートルズが来日した1966年6月29日前後の公安や警察の国家権力の過剰なまでの警備などはその後の70年代の学生紛争に備えてシュミレーションをしていたらしいのだが、そういう閉塞した社会の空気感をこの映画からは感じ取ることが出来る。

ナイーブな感性と内なる暴力性を併せ持った青年を川津佑介が好演、瑞々しい演技の桑野みゆきとともに両名ともその演技力を高く評価される一篇となる。