気ままに気楽に

今日も息をしています

今週のニール・ヤング  Love And War

私は愛と戦争について歌うとき
私は本当に私が言っているのか分からない
私は愛にしてきたと私は戦争をたくさん見てきました
多くの人が祈って見
彼らは、アッラーに祈り、彼らは主に食い物
しかし大抵、彼らは愛と戦争について祈る
愛と戦争について祈る
私は、若い男性の多くは、戦争に行く見てきました
と待っている若い花嫁の多くを残す
私は、彼らの子供たちにそれを説明しようと見てきた
そしてそれらの多くが失敗して見
彼らは、それらを伝えることを試み、彼らが説明しようとした
どうしてパパは二度と帰ってくることはありません。
パパは二度と帰ってくることはありません
私は戻って取ることができない多くのことを言った
しかし、私がしたい場合、私は本当にわからない
愛についての歌がありました
私は、戦争についての歌を歌った
トロントの裏通りから
私は正義のために歌い、私は悪い和音を打つ
しかし、私はまだ愛と戦争について歌っしよう
愛と戦争について歌う
全体の幅世界で一番悲しいこと
あなたの恋人の心を破ることです
私はミスを犯したと私は再びそれをやった
そして我々は回復するのに苦労し
それから私は、怒りで歌っ別の悪い弦を打つ
しかし、私はまだ愛と戦争について歌っしよう
私は愛にしてきたと私は戦争をたくさん見てきました
多くの人が祈って見
彼らは、アッラーに祈り、彼らは主に食い物
しかし大抵、彼らは愛と戦争について祈る
愛と戦争について祈る。

(某サイトの直訳)

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今週のニール・ヤングは2010年に発表された「Le Noize」からの曲である。

俺はこのアルバム買ったかな?未だ買ってないか?買い忘れているかもしれない。

正直言いますと、60年代から活躍しているミュージシャンで最新作に現役感を感じる人はこの人とボブ・ディラン御大だけだ。

未だに自分たちの出自である反体制であるポピュラーミュージック大御所でありながら決して年齢を重ねても物わかりのいい60代70代の好々爺ではない部分が素晴らしい。

こんなに格好良く年齢を重ねることは一般人には不可ではあるが少しでも近づきたいものである。

俺たち世代の多くがこのRockというジャンルをこよなく好んで聴く部分にベトナム戦争が大きく関与していると思う。

米国はあの戦争で負けたわけではないが多くの痛手を負った。

そして俺なんかが覚えているのはベトナム戦争終結したのを当時の少年ジャンプの漫画で知った、確か?「荒野の少年イサム」にそういう描写があったように記憶する、曖昧ですが。

くしくもその10年近くに及ぶ泥沼化とした戦争があった中でモハメド・アリが、ボブ・ディランニール・ヤングが他さまざまなカウンターカルチャーとして生まれ、そして全世界を席巻する動きとなったのは否めない史実である。

残念ながら1990年代からの宗教対立における国際紛争からは優れたカウンターカルチャーは出てきていないが、コレも時が経てば評価されるカルチャーが出るかもしれない?不謹慎ではあるが。

ラップ音楽って貧困層からの叫びであるのだろうけれど何故?原理主義に走るのかがよくわからない、、、、、、それとも原理主義にはしるラップは偽物なのか?

俺はRock世代なんでこういう曲を全面支持したい。

世の中きれいごとはないし、出来るだけニュートラルな中立立場で物事を見ることが大事だとこの曲なんか聴いて感じるわけ。

Neil Young - Love And War